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マスターカード創設者!実は1人だけでは無かったホントの真実

マスターカード創設者!実は1人だけでは無かったホントの真実

世界シェア第2位のクレジットカードであるMasterCard。誰もが知っていて、VISAカード同様にいつも財布の中に、存在しているクレジットカードではないでしょうか。

そんな有名なMasterCardの創設者は、マイケル・フィリップスです。他の国際ブランドの創設とは少し違った形で、MasterCardは誕生しています。

それは、どのように違うのか?そして、マイケル・フィリップスとはどんな人物なのか?

多くの著書を発刊し、実は、日本が大好きだと言うマイケル・フィリップスの歴史を覗いて見たいと思います。

創設に携わるまでのマイケル・フィリップスの歴史

MasterCardの創設者、マイケル・フィリップスは、1938年にアメリカで生まれます。

数年後には、第二次世界大戦が勃発する激動の時代に誕生していたのです。

マイケル・フィリップスはどのような幼少期を過ごし、その思想がMasterCard創設にどんな影響を及ぼしたのでしょう。

マイケル・フィリップスの幼少期は謎に包まれている

マイケル・フィリップスは、これまでに多くの本を書いています。しかも、MasterCardの創設者であるにも関わらず、幼少期の情報はほとんどありません。

これだけの人物であるにも関わらず、アメリカ版のWikipediaにでさえ情報が載っていないのです。

どんな家庭に生まれて、どんな学校に通っていたのか、その全てが謎に包まれています。

1964年にいきなり現れたマイケル・フィリップス

そして、調べていくと1964年にいきなり現れて来ます。しかも、MasterCardのライバルであるVISAの前身会社、バンク・オブ・アメリカの関係者として登場して来るのです。

この情報には、驚きました!なぜ、MasterCardの創設者がバンク・オブ・アメリカなのか?

しかし、調べていくと「なるほど」と、うなづける結果が判ってきたのです。

実は、マイケル1人で創業されたのではなかった!?

情報の少ないマイケル・フィリップスですが、MasterCardの創設者として日本を始め、アメリカの情報にも間違いのない事実として発信されています。

ところが、MasterCardを創設したのはマイケル・フィリップス1人だけではなかったのです。

この情報には、また驚かされます。アメリカ版Wikipediaにも、「1966年にMasterCardをつくった」とあります。

なのに、マイケル・フィリップス以外の人間も、創設に携わっていたと言う事実。これは、いったいどういうことなのでしょう・・

前身はインターバンク・カード・アソシエーション

先ずは、MasterCardの前身である「インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)」のことからご説明しましょう。

インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)は、カリフォルニアを拠点とするいくつかの銀行が参加して設立されています。

その中に、バンク・オブ・カリフォルニアと言う銀行も入っていました。

マイケル・フィリップスは、当時バンク・オブ・カリフォルニアの副社長のポストに就いていたのです。

そして、インターバンク・カード・アソシエーションは、バンク・オブ・カリフォルニアを含めた複数の銀行が一緒になって設立することとなります。

で、あるにも関わらず、なぜ、マイケル・フィリップスのみが創設者と言われているのでしょう?

この謎を解く鍵こそが、いきなり登場してくる1964年にあったのです。

設立を確実にした人物こそがマイケル・フィリップスだった

インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)設立は、「バンカメリカード」への対抗策として設立されました。

クレジットカード市場へは、既にダイナースカード、バンカメリカード、アメリカン・エキスプレスカードの3社が営業展開していて、そこへ新規参入する計画だったのです。

マイケル・フィリップスが、ウェル・ファルゴ銀行を訪れた時、クロッカー銀行とユナイテッド・カリフォルニア銀行のマーケティング担当が、ミーティングをしていました。

ミーティングの内容は、「カリフォルニアの銀行でもクレジットカードを作ろう」と言う内容だったのです。

しかし、彼らは消極的でした。それは、「バンカメリカード」が市場で苦戦を強いられている情報から、「クレジットカードでは利益が出ない」と判断していたからなのです。

そんな中、マイケル・フィリップスが周りを説得し、インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)設立に向けての、中心人物になっていたのです。

つまり、マイケル・フィリップスがいなければ、今のMasterCardは存在しなかったであろう、大変重要な人物だったのです。

そのような理由で、MasterCardの創設者が、マイケル・フィリップスだと言う事になっているのです。

では、どのように周囲を説得したのか?そのことについて、ご説明しましょう。

マイケルは、バンカメの内情を熟知した人間だった

1964年から、マイケル・フィリップスはバンク・オブ・アメリカのマーケティングリサーチ部創立に携わっていました。

バンク・オブ・アメリカは、VISAカードの前身である「バンカメリカード」を発行していた会社です。

1958年からクレジットカードを発行していた銀行に、マイケル・フィリップスは勤めていたのです。

しかも、マーケティングリサーチ部と言う、会社にとって重要な部署の創立に携わっていたのですから、クレジットカードのことは熟知しているはずです。

「クレジットカードは儲からない」と周囲のみんなは思っていたようですが、マイケル・フィリップス1人だけ違う考えであり、確信していたのです。

「クレジットカードは、儲かるビジネスだ」と言うことを!

周囲の情報も間違ってはいませんでした。確かに「バンカメリカード」は発行当初、かなりの負債がありました。

しかし、発行から6年あまりで、収支はプラスに転じていたのです。その利益は130万ドル。当時のレート換算で約5億円になります。

その事実を公表し「クレジットカードは儲かるビジネス」である事を周囲に認識させたのでした。

マイケル・フィリップスを中心に設立準備が進んでいく

周囲を説得し、クレジットカード市場に参入する準備をする中で、マイケル・フィリップス自身は、あまり表立ったポジションに就くのを嫌がっていました。

理由は、クレジットカードに対しての、世間的な評判がよくなかったからです。ですから、自分が勤めていたバンク・オブ・カリフォルニアの上層部(今で言えば取締役会のようなもの)には、内緒にしていたほどです。

ですが、マイケル・フィリップスほどクレジットカードに精通した人物は、他にいませんでした。

設立に向けてプロジェクトが開始され、「ウエスタン・ステイツ・バンカード・コーポレーション」なる組織がつくられました。

そして、その中に「マスターチャージ・プロジェクト・チーム」が発足され、マイケル・フィリップスはチームの重要な存在になっていたのです。

マイケル・フィリップスの思いとは裏腹に、彼が中心となってプロジェクトを動かすようになっていたのでした。

設立したICAでの肩書きは公表されていない

ついに1966年、インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)が設立されます。MasterCardの誕生です!

このICAでのマイケル・フィリップスのポストは公表されていません。

普通なら、創設者と呼ばれる人物は、組織の代表のポストに就いて当然なのですが、ICAを調べても彼の名前が出てくることはありませんでした。

ICA設立後も、マイケル・フィリップスはバンク・オブ・カリフォルニアの副社長だったようです。

ですが、ICAの戦略や経営思想にはマイケル・フィリップスは大きく関わっています。ICAの表舞台には出ないで、バックでICAを支えていたようです。

その内容は、彼のモットーである「ビジネスは楽しい」と言う考え方に結びつくのでしょう。

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「バンカメリカード」との対抗戦略が成功し利用拡大に

それでは、インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)がどのような戦略で、バンク・オブ・アメリカと戦ってきたのかをお話しましょう。

まさに、VISA vs MasterCardです。後で聞けば、今ではさほど驚く戦略ではありませんが、当時としてはまさに「画期的な戦略」であったことは、間違いありません。

カード端末機械の無料レンタルを開始

1969年、設立から3年目にカリフォルニア州バンクカード協会認定によって、Master Charge(マスターチャージ)に名称を変更します。

この時から、カード端末の機械を無料で提供する作戦に出たのです。

それまで、バンク・オブ・アメリカは自社ブランドのカードのみを扱えるカード端末を、有料で加盟店に提供していました。

それに対し、Master Chargeは自社のカードも、バンク・オブ・アメリカのカードも両方利用可能なカード端末を、無料で提供したのです。

現代では結構ありがちな作戦ですが、当時のカード端末は高価であり、それを利用する全ての加盟店に無料提供することは、相当なリスクを伴う作戦であったっことはお判り頂けると思います。

しかし、この作戦が見事に的中し、Master Chargeは順調に加盟店を増やし、加盟店が増えることで、カードの利用者も増えると言う相乗効果を生み出したのでした。

Master Chargeのもう1つの戦略

Master Chargeには、もう1つ特筆すべき戦略があります。それは、VISA同様に自社でカードの発行や、サービス提供を行なうのでなく、あくまでもブランド提供に徹したことです。

この戦略は、マイケル・フィリップスの発案だったに違いありません。

  • バンク・オブ・アメリカの利益を出すきっかけとなった戦略であること
  • この戦略は、ICAが創設された1966年にバンカメが始めた戦略であること
  • マイケル・フィリップスがバンカメの重要な部署に携わっていたこと

これらを考えれば、もともとバンク・オブ・アメリカが考えていたことが、正しい戦略であると認識できていた人物は、マイケル・フィリップス意外にいないからです。

先にバンク・オブ・アメリカが始めたとしても、それが利益を生む正しい方法だと判るには、かなりのリサーチが必要となります。

ところが、同年に設立したICAで既に導入されていたと言うことは、そのアイデアが正しいものであると確信されていたと言うことを証明しています。

バンク・オブ・アメリカの重要な部署に携わっていた、マイケル・フィリップスだからこそ、判断できたことだと考えることが出来ます。

マイケルのモットーは「ビジネスは楽しい」と言うこと!

インターバンク・カード・アソシエーション(ICA)の創設に重要なポジションで携わり、MasterCardの創設者と呼ばれるマイケル・フィリップスのモットーは「ビジネスは楽しい」と言うことでした。

マイケル・フィリップスは、10を超える著書を出版しています。そのどれもが、「ビジネスは楽しい」をモットーにした内容なのです。

マイケル・フィリップスは他とは違う感覚の持ち主だった

マイケル・フィリップスの感覚は、決して人並みの感覚ではありません。それは、ビジネスについてはもちろんのこと、人生観全てが変わっていると言っても良いでしょう。

バンク・オブ・カリフォルニアでの副社長時代でも、職場での差別をなくす為に率先して活動し、裁判まで行っているのです。

現在で言うところの、セクハラやパワハラと言った類の問題に、会社の副社長自らが改革をしていたなんて、日本では信じられないことです。

日本に限らず、世界中の会社で社内の問題を解決する為に、副社長が裁判を起こすなんてことは無いに等しいことですから。

1972年に銀行を退職してからの2年間は、あの「ホール・アース・カタログ」の資金集めに走りまわりました。「ホール・アース・カタログ」とは、アメリカで発刊された若者に向けた雑誌です。

内容は様々なカテゴリーを網羅していて、あのスティーブ・ジョブズも愛読していたほどの雑誌です。マイケル・フィリップスも、この雑誌は今の世の中に必要だと感じ、資金集めに協力したのでしょう。

晩年は様々な組織や活動を精力的に続けている

マイケル・フィリップスは、精力的な晩年を過ごしています。

「Chashets.com」と言うオンラインのシステムを作ろうとしたり、企業の社会的責任(CSR)と言う運動に参加し、「ブリアーパッチネットワーク」と言う組織を作ったりと、本当に自分の好きなことを実践する生き方をしています。

そんな忙しい中でも、執筆活動を続けて何冊ものビジネス本を書き上げているのです。

また、マイケル・フィリップスは常に差別をなくす運動を行っていることでも有名です。

人種差別、女性差別、民族差別などの運動や裁判も行っていて、1972年には、アメリカ国内で初めての売春婦組合への資金を寄付するなど、本当にありとあらゆる差別を無くす運動を行っている人物なのです。

日本に対しても、アメリカで起きた「反日本捕鯨禁止運動」を止めさせようと、立ち上がってもくれているのです。

マイケルの思想はMasterCardにも受け継がれている

MasterCardは、クレジットカード事業だけではなく、NPO組織「Master Foundation」を設立して、世界各地で社会貢献を行っています。

アフリカでは、5億ドルを投資して育英事業を展開し、貧困層でも平等に教育を受けることが出来る環境づくりを行っています。

MasterCardは、従業員はもちろん、少数民族や女性、特に働く女性に優しい企業を目指していて、アメリカ国内でも表彰を受けるなど、世間からも社会貢献が認知されている企業なのです。

その考え方は、マイケル・フィリップスの思想そのものです。彼の思想は、確実にMasterCardに受けつがれていると言っていいでしょう。

日本が大好きで、現在は東京にも住居を構えているのです

現在マイケル・フィリップスは、サンフランシスコ、イスラエルのテルアビブ、そして日本の東京の3ヶ所に住居を構えて住んでいます。

また、旅行が大好きで中国の上海や北京なども、良く旅行に訪れるようです。その旅行も、マイケル・フィリップスにとっては、違う国のビジネスを体験する勉強でもあるようです。

2004年7月の自身のブログでは、「東京は素晴らしくて、安全で、清潔で、楽しく、そして静かな場所だ。世界で一番凄い街で、満足出来る快適さがある」と称賛しています。

それだけ、大好きだったからこそ、現在も東京に住んでいるのでしょうね。

マイケル・フィリップスは人間味あふれる優しい人物だった

少し変わった形ですが、MasterCardを誕生させたのはマイケル・フィリップスに間違いありません。

そして、彼の思想はとても人間味あふれる優しく、暖かいものでした。

そのお陰で、今もアフリカなどの子供達は学習する機会を得ているのです。

そんなマイケルが日本を大好きで、実際に日本に住んでいる事実は、とても嬉しいことですね。

もしかしたら、渋谷のスクランブル交差点で、あなたとすれ違っているかも知れませんよ!?

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